「ばか、ばか、ルベなんて知らないんだからっ」 「サフィリンっ、どうしたの?!」 背後で険悪な雰囲気の二人の声が聞こえる。 しかし、テクタイトはそれ以上に困り果てていた。作戦会議も終わり、皆が席を立ったあと。ここは、彼らのホームのキッチン。 剣士・テクタイトは銀色に鈍く輝くその物体を握り締め、ただ、立ちすくんでいた。 そもそも、明日からの新しいクエストの内容に、彼はとても満足していた。世に存在する最高の種であり、最強の種であるドラゴンが相手だという。それも、直接相手に打撃を与えるのは自分なのだ。 それを考えるだけで、今から身体中の血液が沸騰しそうだ。 その熱い思いを沈めるため、彼は何か就寝前に飲み物が欲しいと思った。そうすると、ちょっとつまむ物も欲しいではないか。 そして、彼が慣れぬキッチンで発見したのが、この桃の缶詰なのだ。 「……」 じっと、その缶詰を眺める。 外観に描かれているイラストから、それが食べ物を内包していると言う事は理解できた。ただ、それには蓋が無かった。開ける口も見つからない。ならば、どうやって中の食物を取り出すと言うのか。 謎だった。 「どうなさいました?」 「……あ、いや」 余程缶詰に集中していたのか。 背後の気配に気がつくのが遅れた。 そこには、不思議そうにテクタイトを覗き込むローズクォーツが居た。何か飲むつもりなのかもしれない。手にはやかんが握られていた。 「もしかして、お茶ですか?」 ローズクォーツは、やかんに水を入れながらテクタイトの手の中の桃缶を見たようだ。 渡りに船とはこの事ではないか。彼は自分なりに納得して、彼女に一歩歩み寄った。 「そう…なのだが、これはどんな術で開けるんだ?」 彼の考えは、こうだ。 蓋も無い。開け口も無い。つまり、これはきっと、術士専用の保存缶ではないのかと。そして、術士であるローズクォーツが現れたので、ついでに彼女に開けてもらおうと思ったのだ。 「は?」 ローズクォーツは彼の申し出に、訝しげな表情を作ってしまった。 また、言葉が足りなかったのかもしれない。 テクタイトは、だからこの場に術士はお前しか居ないじゃないかとか、俺はこの缶を開けるすべを知らないだとか、色々言わねばならない事があったのだが、巧く言葉に出来なかった。 仕方が無いので、半分やけになりながら、缶を差し出す。 「桃、食べたいのですか?」 ローズクォーツは、良く分からないと言うような表情で、恐る恐るテクタイトを見上げてくる。 だから、先程からそう言っているじゃないかとか、お願いだからこの缶を開けてくれだとか、やはり巧く言葉にできない。 テクタイトは、そっぽを向いて頷いた。 「あ、はい、じゃあ缶切り持ってきますね」 ようやく、ローズクォーツの表情が和らぐ。 缶切りとは何だろう? テクタイトは、興味深くローズクォーツの手の刃物を眺めた。 彼女は、ためらいも無くその刃を缶に突き立てる。そして、曲線のフォルムを握り締め、手首をスナップさせた。すると、どう言う事だろうか。缶の上部が裂け始める。 「凄い術だな」 思わず、感想が漏れる。 彼にしては、素直に思いが言葉になった。 「術って、ええ、そう、テコの原理って偉大ですよね」 だと言うのに、ローズクォーツは耐え切れなくなったと言うように、笑い出した。 彼女がこれほど笑うのは珍しい。 テクタイトは、その様子に何だか嬉しくなり、何も言わずに席についた。 しばらく待っていると、ローズクォーツがティーセットと桃をテーブルに用意してくれた。 テクタイトは、軽く礼を言って、それに手を伸ばす。 しかし、この世には凄い事があるものだ。 あんな小さな刃物で、蓋の無い缶を空けるなどと。 彼は心底感心していたし、結構真剣だった。 陵かなめ(2005/08/12)
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